山口県を代表するブランド豚。安全で美味しい鹿野高原豚を多くの人に届けたい。
1960(昭和35)年、山口市生まれ。東京経済大学経済学部卒業。東京の不動産会社に2年間勤めた後、鹿野ファームのグループ会社を経て、1992(平成4)年に鹿野ファーム取締役に就任。2009(平成21)年に経営を引き継ぎ、代表取締役社長に就任。2014(平成26)年、新たにハム工場・総菜工場を建設。2019(平成31)年、畜産クラスター事業で事業規模拡大。付加価値の高い養豚を目指して、豚の繁殖・肥育から加工・販売まで一貫して行っている。2011(平成23)年より山口県養豚協会会長、2019(平成31)年より全日本畜産経営者協会理事を務める。
鹿野高原豚
しょうが焼きに豚しゃぶ、トンカツ…私たちの食卓に欠かせない豚肉。疲労回復に効果的なビタミンB1を豊富に含む豚肉は、夏バテが気になる時期にこそ食べたい食材です。そこで今回は、周南市の特産品「鹿野高原豚(かのこうげんとん)」をご紹介します。
鹿野の山奥で育まれた鹿野高原豚
周南市の最北部に位置する鹿野地区は、清らかな錦川の源流を有する高原のまちです。中心部からさらに車を走らせること30分。一般車両がほとんど通らず、スマートフォンの電波も入らない。鳥のさえずりしか聞こえてこない人里離れた山奥に、鹿野ファームの本社農場があります。
手前にある事務所を訪ねると、社長の隅 明憲さんが笑顔で迎えてくださいました。
「ここは、真夏でもひんやりするほど涼しい場所ですが、冬場は雪に埋もれるため、車で出勤するのも一苦労。人間にとっては不便な場所ではありますが、デリケートな豚にとってはストレスを感じにくく、病気の感染リスクも抑えられる理想的な環境です。」
6次産業化による一気通貫のものづくり
1983(昭和58)年創業、山口県で最も大きな養豚場を経営する鹿野ファーム。現在、周南市鹿野、岩国市、阿武町の3カ所に養豚場を構えています。総面積は21.5ha(グループ合算:施設用地、農地)。なんと東京ドーム4.6個分にあたります。
母豚200頭で始めた養豚業は、今ではグループ全体で2,100頭と10倍に。年間5万頭もの肉豚を出荷しています。出荷した豚肉のうち4万頭を買い戻し、自社工場で精肉に加工するほか、昔ながらの手作りハムやソーセージ、味噌漬けなどの総菜に加工するなど、早くから6次産業化に取り組んできました。
高度な交雑技術から生まれたハイポー豚
ちょっと専門的な話になりますが、鹿野ファームで育てられている豚はハイポー豚と呼ばれる品種です。ハイポー豚とはハイブリッドポークの略。養豚先進国であるオランダ由来の高品質な品種を日本人好みに改良を重ねたブランド豚です。品質のばらつきが少なく、病気に強い・肉質が良い・たくさん子豚を産む・たくさん母乳を出すなど、世界各国の優良品種の遺伝的資質を兼ね備えたいいとこ取りの豚です。きれいな桜色の肉質はきめ細やかでジューシー。適度な歯ごたえとほんのり甘い脂身、サラサラとして口溶けが良い脂が魅力です。食べてみればその違いは歴然。噛むほどに豚肉本来の旨味がじんわりと口に広がります。
美味しさを左右するエサへのこだわり
豚に与えるエサも豚肉の美味しさを左右する重要な要素の一つです。鹿野ファームでは、輸入トウモロコシを中心に、麦や国産米を多く含む独自の配合飼料を与えています。また、豚の腸内環境を整えるため海藻粉末、臭みやドリップを抑えるために緑茶粉末(緑茶粉末は阿武農場限定)なども配合しています。
「美味しさの決め手は脂身です。麦を食べさせることで、脂が締まって美味しい豚肉になります。近年、飼料の価格が高騰しているため、経営的には苦しい面もありますが、豚肉の美味しさに直結するエサへのこだわりは必要不可欠です。」
食の安心・安全を守るために
美味しさだけでなく、食の安全を守るための管理も徹底しています。なかでも消毒や清掃は基本中の基本。農場の敷地に入る車両や道路の消毒、豚舎の消毒・清掃、豚舎を使わない期間を設けるなど、衛生管理には余念がありません。
また、同じ母豚から生まれた子豚を少数ずつグループごとに管理し、成長に応じて部屋ごとに一斉に移動させる「オールインオールアウト方式」を採用することで、病気の感染リスクを抑え、豚のストレスを軽減し、健康な豚を育てています。さらに、成長促進や肉質改善のためのホルモン剤は使用せず、ワクチンを主体にした衛生管理で病気を予防しています。
「通常、豚は生まれてから180日で出荷します。出荷前およそ110日間は抗生物質等を添加していない飼料を与えることで、残留抗生物質の心配のない安全な豚肉をお届けしています。」
新しい食のシーンを提案
精肉だけでなく、ハムやソーセージなどの加工品も手掛けている同社。現在、国道315号線沿いに工場を構え、70種類もの加工品を製造しています。
「増量や水増しを目的とする添加物は一切使用していません。そのため原料肉の約70%程度の重量しか作ることができませんが、豚肉本来の味が引き立ち、きめ細やかな肉の繊維を噛み締めるような歯ごたえが生まれる。これが添加物を極力抑えた本物のハムの証です」と隅社長。ハム作りへの誇りと自信が感じられます。なかでも「ももハム切り落とし」は、2019年以降現在まで連続で日経POSセレクションにおいて中国地区売上ナンバー1を記録。爆発的なヒットを誇る人気商品となりました。近年は、お酒のつまみになる「ちょいつま」シリーズや竹炭を練り込んだダブル・スモーク・ソーセージ「漆黒(しっこく)」を開発するなど、新しい食のシーンを提案し続けています。
最後に、隅さんに好きな部位とおすすめの食べ方を聞いてみました。
「肩ロースが好きです。赤身と脂身のバランスが良く、脂身の歯触りがコリコリしている。よく動く部位なので、旨味が凝縮されています。おすすめの調理法はトンカツです。すりたてのゴマと甘めのソースをつけて食べると最高です。ぜひお試しください!」
鹿野高原豚は、周南市の特産品「しゅうなんブランド」に認定されており、なかでもイチオシの逸品である「しゅうなんブランド極(きわみ)」の称号を手に入れています。
精肉や加工品は、山口県内のスーパーマーケットや生協、道の駅「ソレーネ周南」などで購入することができます。周南市のふるさと納税の返礼品にもなっているので、ぜひチェックしてみてください!
20代半ばで入社し、鹿野ファームを支えてきた隅 明憲さん。代表取締役社長として経営を引き継いでから数々の改革に取り組んできました。安全で美味しい豚肉をもっと多くの人に届けたい。隅さんに養豚業にかける想いをお聞きました。
合理的で夢のある養豚を目指して
1983(昭和58)年に創業した鹿野ファーム。隅さんの父親は、創業メンバーの一人です。
「私が大学を卒業する頃、養鶏会社に勤めていた父が脱サラして先代社長を含む3人で養豚業を始めました。当時、養鶏は大規模化が進んでおり、単価安定のための生産調整時代に突入していました。それに比べて養豚はまだ庭先養豚がほとんど。山口県内で企業的に養豚経営を行っているところが少なかったため、ハイポーというブランド豚で経営の合理化を図れば、後発であっても十分活路があると踏んだようです。加えて、臭い・キツい・汚いといった養豚のイメージを払拭して、若い人が胸を張って働ける夢のある養豚を目指して農業生産法人を立ち上げました。」
鹿野ファームの創業メンバーは全員山口市在住。農場を開設するにあたって山口市近辺で探したものの、希望する土地はなかなか見つからなかったそう。
「父の知り合いが現在の場所を紹介してくれました。戦後開拓団の人々が稲作を行っていた場所ですが、とても雪深く、土地もやせていることから、次第に離農者が増え、荒廃地となっていたようです。また、農場に通じる道の整備が追いついておらず、脱輪寸前の細い山道を通って遠回りで通わなければいけないという状況でした。」通勤するだけでも大変だった様子がうかがえます。
東京でサラリーマンを経験
その頃、東京の不動産会社でマンション販売を担当していた隅さん。都会での暮らしは刺激的で楽しかった反面、満員電車に揺られて一生を終えるのはツラい、いつかは山口に帰りたいと感じていたそう。そして25歳の頃、両親の勧めもあって山口市に帰郷した隅さんは、鹿野ファームのグループ会社で経理の仕事を手伝い始めました。
「サラリーマンを経験したことで、周りとの付き合い方、顧客対応、ビジネス感覚を持つことの大切さなどを学びました。このときの経験は社長になった今に活かされています。」
6次産業化で付加価値をプラス
隅さんが入社した当時、育てた豚は食肉市場のセリで値段が決まってしまうため、自分たちで値段を決めることができず、経営は非常に不安定だったそうです。
「最初は育てた豚をトラックに乗せて出荷するだけ。でも、どんなに頑張っていい豚を育てても、市場でほかの豚肉と一括りにされてしまいます。コストのほとんどを占めるエサ代はシカゴの穀物相場とドル円の為替相場次第。販売する豚肉の価格は枝肉市場相場で決まってしまう。結果として、原価割れの出荷を余儀なくされてしまいます。何よりこの売り方では、自分たちが育てた豚が美味しいのかどうかも分からない。消費者の顔が見えないことにモヤモヤしていました。」
自分たちが育てた豚は、自分たちで付加価値をつけて売りたい。消費者の顔が見える売り方をしたい。そこで、育てた豚を全量買い戻し、自社で精肉や加工品にして販売するという6次産業化に乗り出しました。
消費者の顔が見える関係づくり
隅さんが消費者と初めて「つながった」と実感したのは、1989(昭和64)年に取引が始まった生活協同組合「コープやまぐち」の産直がきっかけでした。
「産地見学や学習会などを通じて、組合員さんとの交流が活発に行われるようになりました。そこからクチコミで “美味しい”という評価が直接返ってくるようになり、手応えを感じられるようになりました。」
消費者との関係性ができたことで、「もっといいものを作りたい」という想いを強くした隅さん。同じ年にハム工場を設立し、豚肉を使った加工品の製造を始めました。
「先代社長がヨーロッパを視察した際、現地で食べたハムやソーセージのあまりの美味しさに衝撃を受けたのがきっかけです。」
自分たちで最高のハム・ソーセージを作ってみたい。隅さんの新たな挑戦が始まりました。
昔ながらの本格手作りハムに挑戦
農場の隅にある小さなガレージで、先代社長と一緒にハム作りを始めた隅さん。何度も失敗と試行錯誤を繰り返した末、ようやく思い描いた味に辿り着いたそう。その後、研究を重ね、地域の直売所の一角を間借りして、本格的なハム作りがスタートしました。
「養豚の仕事を終えた後、山を降り、夜中まではハム作り。帰宅後は仮眠してシャワーを浴びてすぐに出勤。特にギフトの時期は忙しかったですね。超ハードスケジュールではありましたが、大きなやりがいを感じていました。」
鹿野の農業祭で初めてハムを対面販売したときのことは忘れられないそう。
「最初は売れるかどうか不安でしたが、お客様の評判は上々で、あっという間に当日分が売り切れてしまいました。お客様の『美味しかった!』という一言がどんなに心に響いたことか。それまでに経験したことのない喜びでした。」
より豊かな地域社会の実現を目指して
「自分たちで生産した豚は自分たちで売る」という信念のもとスタートした6次産業化。食品メーカーとしての顔ができたことで、地域とのつながりも広がっていきました。
「以前は知名度が低く、地域の方々との交流があまりなかったため、求人の募集をかけても人が集まりませんでした。しかし、食肉加工部門を立ち上げたことで、地元の方の雇用も増えました。現在、従業員はパートさんも入れておよそ100名。研修制度や資格取得支援など、若手の育成にも力を注いでいます。」
また、耕畜連携による地域貢献やSDGsなど、早くから先駆的な取り組みも行っています。
「農場から排出される豚の排泄物を堆肥化して、農協と連携して農場の中に堆肥センターを設けるなど、近隣農家の土づくりに一役買っています。1991(平成3)年からは地域の稲作農家と稲わら交換事業をスタート。当社で育てている黒毛和牛のエサにする稲わらをもらい、田んぼには堆肥をまいています。2005(平成17)年には、豚の排泄物を利用した地下設置型のバイオガスプラントを県内で初めて稼働。2018(平成30)年以降は全量を売電しています。また、豚の尿を真水にする浄化槽も設置し、豚舎の洗浄などに再利用しています。」
事業を拡大して経営の基盤を強化
2009(平成21)年に代表取締役社長に就任した隅さん。養豚場としての生産性をさらに上げることに力を注ぎます。
「先代から経営を引き継いだときは、豚舎も設備も老朽化しており、従業員は機械のメンテナンスに手をとられ、豚に向き合う時間が減っていました。そこで、思い切って豚舎を建て直し、外部の力を借りながら繁殖・出荷成績を改善するなど、改革を進めていきました。」
努力の甲斐あって、精肉部門の業績は年々右肩上がり。しかし、社会情勢の変化や製造原価の上昇などの影響により、ハム・ソーセージなどの加工部門は思ったように利益が出ず、養豚経営の足を引っ張るように。そこで、2014(平成26)年に新たにハム工場・総菜工場を作り、道の駅「ソレーネ周南」で販売する総菜を製造。さらに、2019(平成31)年には豚の飼育頭数を思い切って倍増して規模拡大を行うなど、収益の改善に取り組みました。
地域の人々に愛され続けて40年
2022年に創業40周年を迎えた同社。2023年4月には、道の駅「ソレーネ周南」内に「鹿野BISTRO丼」をオープンするなど新たな展開を見せています。
「地域の人に愛されて40周年を迎えることができました。2018年には『しゅうなんブランド認定品』の中でもイチオシの一品として『しゅうなんブランド極(きわみ)』に選んでいただき、大変嬉しく思いました。しかし、県外での知名度はまだまだです。今後は、地元のお客様に継続して食べていただける安全で美味しい豚肉を育てることはもちろん、県外への販売やこれまで以上に収益性の高い新商品群の開発も積極的に行っていきたいと考えています。」
どんな困難にぶち当たっても、果敢に突き進んできた隅さん。鹿野高原豚の美味しさの背景には、たゆまぬ努力と挑戦の積み重ねがありました。安心安全で美味しいものを届けたい。隅さんの純粋な想いは、きっと多くの人に届くことでしょう。
記事:小野 理枝 / 写真:嶋畑 勤
執筆時期:2023年7月
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